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本当に素敵な出会いを重ねる

2月 11th, 2014 • 分かち合うNo Comments »

つらいことは愚痴ってもいいですし、聞いてほしいことがあれば、信頼できる相手に丁寧に話せばいいのでしょう。でも「私のすべてを無条件で理解して欲しい。そして受け止めて欲しい」というような、無謀な要求を出さないようにする必要はありそうです。この襟を正す感覚というようなものを体得できれば、親しい人間関係でも、ビジネスライクな人間関係でも、トラブルや行き違いはずっと少なくなるでしょうから。もしもそのような態度を取り続けていたら、いくら家族間のコミュ二一ケーションであっても、信頼関係を損ねることになりかねませんよね。円滑なコミュニケーションのカギは「適度な距離」と「相手への配慮」ということなのかもしれません。これを忘れてしまうと、無駄な衝突を繰り返したり、相手から愛想を尽かされたりしてしまうのですね。相手を慮れないコミュ二一ケーションは、成長していない子どものコミュ二一ケーションと同じです。娘が自立した大人になって、母親との関係に自分なりの区切りがつけられたなら、いままで抱え込んできた満たされない思い、寂しさ、苦しさなどが、ほかの人間関係に影を落とすということも、確実に減っていくのは間違いないでしょう。その段階に達することができれば、本当に素敵な出会いを重ねることができるんじゃないかとも思えます。内面の充実が素敵な出会いを引き寄せるということなのかもしれません。
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出会いの価値

12月 16th, 2013 • 対処法No Comments »

反社会的なことや、友人や恋人との出会いを選び続けない限り、それが原因で不幸になることはありませんよね。そして本来幸せが許されていない人など存在しません。けれども、「あなたは不幸になる」という呪文を浴びつづけると、なんとなくそんな感じがしてくるから不思議なものですよね。「母親はひとりの普通の女性である。そして、娘と母親の関係は近すぎるあまり、じつはそれほど簡単には理解し合えないものである」そんな前提で考えれば、いろいろと気持ちが楽になりますよね。母親は自分の理想通りの娘を育てるために、気に入らない部分を抑えこんだり、伸びないところを無理に引っ張ろうとしてしまいます。小さい子どもは力がありませんから、本人がどのように感じていたとしても、母親の思い通りになるしかありません。母親は子どもに言うことを聞かせるために、「言うことを聞かない悪い子」「言いつけを守らないひどい子」と言って叱りつけます。でも成長してから、自分が選んだ人との出会いにまで口を出される理由は何もないわけです。その出会いの価値は自分にしか絶対に分からないわけですから。

恋に落ちる出会い

11月 13th, 2013 • 分かち合うNo Comments »

私たちは、自分をありのまま受け入れてくれるだけでなく、将来の自分をも受け入れてくれる人を見つけたいと思っている。それが何であれ、私たちがそれを欲しいと思えば、相手は私たちがそれを手に入れることを望んでくれる。私たちの人生に関わる他の大部分の人と違って、自分を裁いたり、変えようとしたりしない人と出会い、一緒にいることは気分がいいものだ。それはパラ色に染まっている。この人といると落ち着き、何に対しても一緒に笑う。何の見返りもなく、私たちのことを気にかけてくれるように思える人について知ることは楽しい。知れば知るほと、気分が良くなる。からかい、批判、叱責、などにさらされる恐れもなく、理想の世界を分かち合える人と私たちは出会うことができた。愛を定義するなら、希望と恐れを分かち合う気持ちのことだ。分かち合うことができるかぎり、あなたが愛にとどまっている可能性は高い。「最初に分かち合いを自由にできなかったら、たとえあなたがどれほど愛の中にいると感じても、あなたの愛は弱い」弱い愛は長続きはしない。もちろん、出会い、恋に落ちるほとんどの人は美しい理想世界について何も知らない。知っていても、いなくても、経験は同じである。

親しさは性的でもある

11月 6th, 2013 • 性的No Comments »

自分たちのコントロールできないようなものが突然襲ってきたという不思議さや恐れが取り除かれるということは重要です。他の選択が可能だということを学び、新しい、より効果的な選択を基にした行動が、人々を自由にし、自分たちに害を与えない創造性に満ちた人生の探究を可能にする。私たちはしばしば、予期せぬ事態に陥る。しかし、彼らは孤独であったのでそうするしかなかった。孤独なときに、私たちがしなければならないことは、私たちが愛することができる人のイメージ写真、私たち皆が自分の美しい理想世界に拘っているイメージ写真、それに近い誰かと接触することだ。もし相手も孤独であれば、突然二人は恋に落ちる。それが空想の相手でも、私たちは空想を楽しむ。 Read the rest of this entry »

本当の思いやり

11月 5th, 2013 • 問題が大きいNo Comments »

彼らに補償金として払うお金は、より明白な外傷に苦しむ人々から目をそらさせているのではないかと心配している。このディレンマに対する答えはない。しかし、しっかりした自立理論の浸透した社会では、こういうことが起こることは少ないと思う。自分たちに起こったことは処理できると、人々に教えれば教えるほど、私たちは幸せになれるから。冷たい人と見られないことが重要である。人に対して、苦痛や自己破壊的な症状を選択しているとは決して言わない。彼らがより良い選択をし、より良い人間関係を築く手助けをし、選択理論を少し教える。ほとんとすべてのケースで、セラピーを受けたことを喜び、自分の人生をコントロールするためのより良い方法を見つけたときに、症状などを進んであきらめるようになる。 Read the rest of this entry »

自分の無能力さに甘んじる人々

11月 4th, 2013 • 問題が大きいNo Comments »

もちろんこれらは、善意でなされているかもしれない。実際に苦しんでいる犠牲者のうちの何人かを説き伏せて、苦しみを永続することを選ぶようにしているかもしれない。この考えとPTSDという診断のまちがっている点は、深刻な外傷終験にさらされた何千人もの人が、しっかりとその問題に対処しているという事実である。彼らは良い人間関係を持ち、人生で意味あることに取り組んでいるという信条があって、そういう人生を再開したいと思っているからである。外傷体験の後、あまりにも大きな障害をかかえこんでしまって、立ち直れない人々は、強力な人間関係を持たず、自分の人生で価備があると思うようなことを何もしていないのかもしれない。 Read the rest of this entry »

巻き込まれた人

11月 3rd, 2013 • 問題が大きいNo Comments »

カウンセリングは最初は恐怖行動と同じものになる場合もある。外傷性ストレス疾患は、しばしば下されるもう一つの診断である。外的コントロールの世界では、このように考えることがよくある。「私は何かの犠牲者で、それを自分ではコントロールできない」苦痛をもたらす、予期しないけが、事故、恐ろしい状況の目撃、こうしたものに関与した人は、ショックが大きくて起こった出来事に対処できない。そして、そのためのカウンセリングを必要とする。症状は、頭、首、背中の痛みのように身体的であったり、歩けないなどの障害であったり、恐れや不安があまりにも強くて仕事に行けないような心理的なものであるかもしれない。大地震などの被災は、PTSDの古典的な原因と考えられている。巻き込まれた人は、専門家の助けなしに対処できないと、短絡的に結論づけられているが、これではいけないと思っている。 Read the rest of this entry »

何らの人間関係も持っていない

10月 29th, 2013 • 対処法No Comments »

仕事をしなければただ座っているだけという環境がよいです。閉じ込めるべきではない。出入りは自由で、自分で買ってきて調理する材料しかわたさないことです。受け身的な娯楽、例えばラジオ、テレどのようなものはないほうがいい。働いたときだけ入れる特別な部屋で見るのは例外として。バスケットボールのような活動的な娯楽は、誰か一緒にする人を見つけることができるなら、できるようにしておくといいでしょうね。彼らにとって活動することは良いことなのです。たいてい彼らは不活発であるか家のためになることを、何か目に見える形でした場合以外、周りの人たちは彼らと話さないほうがいいでしょう。社会病質者と仕事につかない人について、あたかも彼らが純粋な事例ででもあるかのように書いてきました。 Read the rest of this entry »

忘却の段階

10月 28th, 2013 • 忘却No Comments »

そのうち、(自分たちの現実ではなく)他の人の現実が彼らの行為に対して侵害となり始めるのです。お金が底をつき、住む場所がなくなる。妻、家族、友人が助けなくなると、彼らはガス欠状態となって、エンジンが切れる。こうなると彼らは、深刻な落ち込みを経験し始める。彼らは、誰に人との関わり方も認めてもらえぬ孤独と、残酷な世界に住んでいるという事実に悩まされる。彼らは自分をごまかして、何も与えることなく、与えてもらうだけの存在であったことに目を向けようとしない。彼らは、自分が傷つけた人々を思いやって落ち込むのではない。そういう見方をすることはまずありえない。彼らにとって、落ち込みは一種の休憩、そして忘却の段階である。しばらくすると、彼らはまたエンジンを始動させ始める。こうして同じことが繰り返される。 Read the rest of this entry »

全能に近い者と思い込む

10月 27th, 2013 • 問題が大きいNo Comments »

それが他の両極性との違いはここにあるのです。他の両極性の人は、アップ・ダウンがあまり強くない選択をしているときには、とても有能であります。炭酸リチウムが、ときに有効である両極性と違って、仕事につかない人は、リチウムなどの薬は効かないのです(必ずしも、試していけないと言うことではない)。仕事につかない人は、両極性の行動を選択するのです。このアップ・タウン行為が、現実と彼らが格闘している様子を反映しているからです。巨大な力の欲求に突き動かされて、ハイの状態、すなわち両極性の上の部分にいるときには、彼らは自分たちを非常に強い者、ほとんど全能に近い者と思い込み、まるでそのような人物ででもあるかのようにふるまうのです。 Read the rest of this entry »

怒り、責め、そして関係を断つ

10月 26th, 2013 • 援助No Comments »

セラピーを始めると、カウンセラーは彼らにしばしばだまされることになるのです。なぜなら、彼らは、魅力的で、わずかな援助で立ち直ることができるような印象を与えることができるからだ。しかし、ここが問題である。彼らは援助を求めているように見えるだけだ。仕事につかない人は、セラピーが好きだ。援助を求めているクライエントのようにはふるまわず、たちまちチーム・カウンセラーになって、常に話し、提案し、手助けしようとするのです。ある意味で、彼らは、自分のカウンセラーと一緒にビジネス経営をしようとするのです。それに気づいたカウンセラーが対決姿勢を示すと、彼らは怒り、カウンセラーを責め、そして関係を断つのです。セラピーでのふるまいは、他のとことも同じなんですね。何も求められなければ、問題はない。 Read the rest of this entry »

離婚が社会問題化するような時代

10月 25th, 2013 • 父と子供No Comments »

離婚が社会問題化するような時代はもうそこまできているのではないでしょうか。厳しい社会での戦いの後、癒し合う空間である家族がここまで崩壊してしまうと、色んな問題が噴出してくる可能性があるからです。特に最近はうまく結婚生活を維持することのできない問題のある男性が増えているようです。そのような人にとって、人生は常に今よりも以前か、これから先かであって、決して今ではないのですね。仕事につかない人も結婚をし、子供を作る。この条件が遺伝子に組み込まれているならば、子孫に引き継がれる。彼らは子供を愛していると口にするが、たくさんのことをするほどには子供を愛していない。仮に何かをするとしても、自分のためであるのです。子供が小さいうちは、子供とゲームを一緒にして楽しむ。子供は十代になると、他の誰よりも自分の父親を煙たがるかもしれない。この時点で、多くの子供は、仕事につかない父親に対して興味を失い、父親も子供に興味を失う。 Read the rest of this entry »